移籍したくなかったけどクラブに売られちゃったサッカー選手5選

サッカーでは移籍はよくあることだ。クラブと選手の意見が異なることもよくある。それがゆえに起きてしまった5つの”悲劇”を紹介する。

 

 

⒈イケル・カシージャス(レアルマドリード)

 

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レアルマドリードのレジェンド。彼の放出の噂は当時のレアルマドリードの指揮官ジョゼ・モウリーニョとの不仲説から始まった。その後、既にモウリーニョと後任のカルロ・アンチェロッティにとってカシージャスはもう不動のレギュラーではなくなっていたのだ。以前より出番が減り、出番が回ってくるとミスが増えてきていたこともあり、彼の放出を急速させた。

もしカシージャスに決定権があれば、彼は決してレアルマドリードを去ることはなかっただろう。しかし、もちろん彼に決定権はなく、会長であるフロレンティーノ・ペレスが決断を下した。

2015年にカシージャスとの契約を更新しないことが発表され、彼はポルトに移籍した。

 

 

⒉サミュエル・エトー(FCバルセロナ)

 

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3冠を達成した2008/09年シーズンのFCバルセロナでエトーは主役の1人であった。しかし彼は当時の指揮官ペップ・グアルディオラと良い関係ではなかった。

ペップは2009年のシーズン終了後、エトーと当時インテルに所属していたズラタン・イブラヒモビッチのトレードを希望し、首脳陣が了承した。(ペップとイブラヒモビッチの関係も良好なものではなかった。)

 

 

⒊バスティン・シュバインシュタイガー(マンチェスター・ユナイテッド

 

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2014年ブラジルワールドカップチャンピオンであるシュバインシュタイガーは2016/17シーズンもマンチェスター・ユナイテッドに残留したかったが、ジョゼ・モウリーニョはそう考えていなかった。

モウリーニョは彼を下部組織に帯同させるなど、彼をトップチームに欲しくないということを明確にし、シュバインシュタイガーはアメリカに去っていた。

 

 




 

 

⒋ロナウジーニョ(FCバルセロナ)

 

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サッカー選手として1番脂の乗った時にロナウジーニョはFCバルセロナを去らなければならなかった。エトーと同様に、ペップ・グアルディオラの決断によって。ペップは監督に就任したばかりで、彼好みのチームを作り上げたく、ロナウジーニョを構想外としていた。約32億円の移籍金(今なら4倍は間違いなく必要)でACミランへと移籍した。

 

 

⒌アンヘル・ディ・マリア(レアルマドリード)

 

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2013/14シーズンにレアル・マドリードの悲願であったラ・デシマ(10回目のUCL優勝)に大きく貢献し、その後のブラジルワールドカップでアルゼンチン代表として準優勝を果たすなど、ディ・マリアのキャリアは順風満帆に見えた。

しかし、ブラジルワールドカップで大活躍を見せたコロンビア代表ハメス・ロドリゲスの加入によって、状況は変わった。レアルマドリードにスター選手が飽和していたのだ。2000年だの銀河軍団のように攻撃的な選手が多すぎてチームが機能しない過ちを繰り返したくなかった。

解決策としてディ・マリアが選ばれた。マンチェスター・ユナイテッドが約95億円で獲得した。

 

 

 

おしまい

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